【世界経済の知識】日中関係丸わかり!日中関係そのものの歴史の問題点を知ろう

 | 2020年06月16日 12:07

日本と中国の関係の根底にあるものがわからないと、今後様々な問題が起きたときに、表面しか理解できなくなってしまい、考え方がずれてしまうことにつながってしまいます。

そこで今回は、経済的に古くから深いつながりがある日本と中国ですが、政治的には冷たい関係が続いている理由についての解説です。

この記事で、改めて日本と中国の関係を整理していきたいと思います。

それでは、今日もお付き合い下さい。

戦争の賠償金の問題が発端/h2

日本と中国が国交正常化したのは、1972年のことでした。

それまでは、自由な行き来ができない状態だったんですね。

ここでまず驚きですよね、中国と日本が自由に行き来できるようになって40年弱しか経っていないということです。

その後1978年になって、日中平和友好条約が結ばれました。

この時中国は、日本に対して戦争の賠償金を請求しませんでした

なぜならば、日本が中華民国(台湾)と平和条約(日華条約)を結んだときに、中華民国が日本に対する戦争の賠償金を放棄したためと言われています。

日本が戦争中に戦ったのは中華民国です。

その当事者が戦争の賠償を請求しないと言っていたので、現在の中国(中華人民共和国)が請求するわけにはいかなくなったというのが背景にありました。

日本の行動/h3

日本は中国から賠償金を請求しないと言われた代わりとして、何か別の形で償ってあげようと考えました。

そこでODA (Official Development Assistance=政府開発援助)という形で中国を援助していくことを決めました。

しかしながら実は、ここに日中関係のこじれが原因が生まれることになってしまったんですね。。

それはなぜなのか話していきたいと思います。

日本の思いと中国の教育/h2

日本としては、「中国が戦争の賠償をしなくていいよ」という話だったので代わりにODAによって援助を続けてきたという思いがあります。

しかし中国での教育は、「戦争の賠償をしていない」「戦争の責任を取っていない」という事実だけが伝えられているので、中国の教育を受けた人たちは日本は戦争の責任を取っていないと批判するのです。

戦争をめぐる歴史認識のズレというのは、日中関係だけではなくてお隣韓国でもよく話に出てきますよね。

だから、「日本は代わりにODAで援助をしたじゃないか!」と言う日本の言い分も正しいし、「戦争の賠償をしていない」と中国の人が言うのも事実なんですね。

私たちの身の回りでも、このようなことってありますよね?

良かれと思ってやったことが、裏目に出てしまうようなこと。。。

これが日本と中国にある、関係をギクシャクさせる原因の根底であると考えられています。

日中関係が最悪になった尖閣問題/h2

2012年のことでした。

当時の石原慎太郎東京都知事が、尖閣諸島を地権者から買い取ると表明しました。

尖閣諸島は、東シナ海にある5つの島と3つの岩礁からなる島々です。

日本領になったのは1895年ですが、1971年になると、急に中国と台湾が自国の領土であると主張し始めました。

そのような問題が40年近く放置されていましたが、日本政府は個人の地権者から尖閣諸島を購入して、国有化を決定することとなりました。

これに反発したのが中国です。

各地で反日デモが起きる事態に発展しました。

実は私も当時中国に住んでいました。

その時には、住んでいた街のメイン通りの道路は反日デモの中国人と警察官で埋め尽くされていました

後に発表された数字ですが、1キロほどのメイン通りに2万人以上の人たちが集まっていたという報道がありました。

そして、日本食屋さんや、日本製の車、日系のスーパー、日本人相手のカラオケ等は片っ端から破壊されました。

本当に、外を出歩くのも一苦労でした。

話を戻しますが、中国はどうして突然領有権を主張してきたのでしょうか?

そこには尖閣諸島を中国の領土とすることによって、海底資源を自由に発掘したいという思惑がありました。

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補足:逆さ地図について知ろう/h3

皆さん逆さ地図って聞いた事はあるでしょうか?

中国本土を逆さにして、地図の上部に日本地図を描いたものです。

実際に見てもらった方が早いのでこちらです。