アングル:香港金融が人材不足、ゼロコロナで駐在員数千人離脱か

Reuters

発行済 2022年01月28日 08:44

[香港 24日 ロイター] - タニア・シブリーさんは昨年末、金融サービス専門の弁護士という高給を得られる仕事を捨て、香港を離れてオーストラリアに帰国した。香港の厳格な新型コロナウイルス感染対策から一刻も早く逃れたかったからだ。

シブリーさんは、香港で過ごした5年間は楽しかったと話す。他国から香港に駐在する専門職のうち、すでに香港を離れた、あるいは帰国を予定している人はシブリーさんの他にも数百人、いや恐らく数千人を数える。これによって、世界有数の金融ハブという香港の地位は脅かされている。

「ホテル隔離が導入されて、人の移動がとにかく面倒になった。(オーストラリアの)自宅や両親とも近く、移動のしやすさが香港で働く大きな魅力だったのに。でも、あれほど長く子ども連れでホテルに隔離されるのは耐えられない」とシブリーさん。「誰もが規制は緩和されると思っていた。状況は改善される、そう長くは続かない、と」

香港では人口740万人に対し、新型コロナ感染者は約1万3千人にとどまっており、世界の大半の地域に比べて大幅に少ない。だが香港は中国の施政下にあり、ウイルスとの共存を前提としない中央政府の「ゼロコロナ」政策に従っている。

香港は2年間、厳しい検疫体制を実施し、昨年には世界でも最も厳格なレベルの入域ルールを導入した。市内に戻れるのは香港住民のみ、ワクチン接種状況に関わらず、ほとんどの国からの入域者に最長3週間のホテル隔離が義務付けられ、ホテル滞在費用は旅行者自身の負担となる。

しかし、「ゼロコロナ」達成のメドは立たない。23日、香港では140人の新規感染者が報告された。当局が入域規制を緩和する動きは見られない。結果として、香港離脱を考える他国からの駐在者は増加しており、ヘッドハンティング企業や業界幹部がロイターに語ったところでは、グローバル銀行、資産運用会社、企業向け法律事務所では、年明け最初の3カ月に年次賞与が支給された時点で多くのスタッフが離脱してしまう事態を迎えているという。

資本市場を専門とするインベストメントバンカーは、匿名を条件に取材に応じ、「香港では今年の夏、多くの人が音を上げて、『これではやっていけない』と心に決めることになる」と語った。「現時点では、バンカーならばシンガポールを拠点にする方がはるかに好条件だ。旅行もできるし、もし香港に来る必要があるなら、年に1度か2度、じっと隔離に耐えれば済むことだ」

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在香港米国商工会議所が最近行った調査に応じた会員の40%以上が、香港を離れることを考えていると答えた。大半は、第一の理由として渡航制限を挙げている。

同商工会議所のタラ・ジョセフ所長は、「資産運用という最も成長の速い分野では、きちんとした訓練を受けた人材の供給は(コロナ禍がなくても)不足している。厳格な渡航制限がいつまでも続くなら、人材不足はなおいっそう深刻になる」との考えを示した。「業界関係者の多くは、いずれはこのセクターの多くのポストが中国本土の人材で占められると予想している。結果として大規模な人材の移動が生じる」

香港政庁は人材不足という懸念を軽視してきた。新型コロナ対策が香港全体の利益にとって最優先課題であり、専門的人材の流出やグローバルな金融ハブとしての地位にダメージが及ぶとしても、それに対応するために人材への投資を行っていると説明してきた。

香港政庁の報道官は「香港は域内だけでなく世界中から人材を集め続けることができると信じている」と述べた。「今後も金融セクターの多角的な発展を推進し、長期的な香港経済の発展と調和するよう、域内人材の育成、さまざまな領域での域外人材の誘致を進める」

<出国ラッシュ>

香港の統計局によると、2020年半ばから21年半ばにかけて7万5000人以上が香港を離れたことで、人口は1.2%減少した。入境管理当局の入出域データを見ると、香港では昨年9月以降、5カ月連続で純流出を記録している。

その一方で、昨年、「一般雇用政策」の対象となるすべての国からのビザ申請総数は3分の1減少して1万0073人となった。金融サービスセクターのビザ申請者数は23%減少した。

ヘッドハンティング企業ロバート・ウォルターズで中国南部・香港地域金融サービス担当ディレクターを務めるジョン・ムラーリー氏は、「香港に人材を呼び寄せようとしてもうまく行かない」と語る。

「香港に行く意志があるのは、国際経験があるか、非常にシニアの幹部クラス、あるいはとても若い独身者だけだ」とし、「香港の実状を見ると、金融サービス分野の人材プールは確実に縮小している」と述べた。

人材あっせん企業ウェルズリーのクリスチャン・ブラン最高経営責任者(CEO)は、この状況でもっぱら恩恵を受けているのがアジアの金融ハブとして競合するシンガポールだ、と指摘する。

「シンガポールを拠点とする銀行上級幹部はこれから増えていくだろう。今なら、シンガポールという選択肢を与えられた人の多くは、その方がいいと考えるだろう」とブラン氏。「すでにヘッジファンドやプライベートエクイティー会社ではそうした傾向が見られる。銀行でもそうなっていく」

金融業界幹部や行政当局者の中には、もっと楽観的な見方もある。低い税率や法の支配、市場の自由が維持される限り、中国企業や富裕層にとっての香港の魅力は変わらないだろうという意見だ。

ゴー・キャピタル・パートナーズのケネス・ゴー社長は、今月開催されたカンファレンスで、「この街の国際的な雰囲気は、いくぶん変化するだろう。活気は続くとしても、これまでより中国的な性格を帯びるようになる」と語った。

香港金融管理局(HKMA、中銀に相当)は、パンデミック関連の課題が金融機関を悩ませていると認めた上で、それは「過渡的」であり、グローバル金融ハブとしての香港の地位を支えているファンダメンタルズは引き続き強力だとの見解を示した。

香港の証券先物事務監察委員会は、事業免許を得て活動する企業・個人の数は昨年末まで増え続けており、香港の魅力が裏付けられていると指摘した。

だが、他国からの駐在者の多くは状況の変化を待ってはいない。

あるグローバル規模の調査会社グループに所属し、5年以上にわたって香港に居を構えてきた金融アナリストは、ロイターの取材に対し、香港の国境が開放され、家族や友人に会えるようになるのを待ち続けてきた、と語った。