コラム:円安進行、政府・日銀に不都合なスパイラル起動

Reuters

発行済 2022年09月08日 17:10

更新済 2022年09月09日 17:55

田巻一彦

[東京 8日 ロイター] - ドル高・円安が止まらない。この動きは日本の輸入物価をさらに押し上げて、消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)を高止まりさせ、個人消費を下押しする方向で圧力を増大させる。超金融緩和政策を実施中に円買い介入を実施しても効果が小さいとの見方も市場で広がっており、さらに円安が進みかねない地合いも醸成されつつある。

円安を起点にしたスパイラルの起動は、過去の日本とは別世界のように日本経済の下押し圧力を増大させようとしている。政府・日銀にとって不都合な現象が目の前に姿を現しつつある。

<円安、23年のCPI高止まりに>

今年に入ってドル/円は1月24日に113.47円を付け、ここからドル高・円安が進行した。9月7日には144.99円まで円安が進行。円は約27%も下落した。足元で止まらない円安が、政府・日銀の見通しを狂わせようとしている。

当初、一部のエコノミストがコアCPIの上昇率加速を予想し、どこかの時点で前年比3%に到達しそうになると指摘しても、政府・日銀は取り合おうとしなかった。だが、最近になって食料品などの値上げが加速し、品目も広範囲に及ぶ中で3%への「瞬間タッチ」はあり得るとの声も出てきているようだ。

しかし、2023年度になればコアCPIの上昇率は1.4%から1.5%に戻るとの見方を変えていない。日銀は展望リポートで23年度のコアCPI上昇率を1.4%に置いている。

ところが、止まらない円安の影響で輸入物価の上昇がなかなかピークアウトせず、23年に入っても輸入物価を押し上げる可能性が出てきた。7月の輸入物価は前年比48.0%上昇し、国内企業物価を前年比8.6%押し上げている大きな要因となっている。

この輸入物価上昇─国内企業物価上昇ー消費者物価上昇の波及には、円安発生から6カ月ないし9カ月のタイムラグを伴うとみられている。このまま円安地合いが継続した場合、コアCPIは23年に入っても2%台で推移する可能性が高まっている。

<物価高と消費不振、GDP下押しへ>

また、国内景気を回復させるエンジンとして政府・日銀が期待してきた個人消費にも、物価高による下押し圧力がじわじわと表面化しつつある。

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今月6日に発表された7月の家計調査では、実質消費が前年比3.4%増となり、政府は消費回復を「自画自賛」していたが、実態はもっと厳しい。

まず、前月比は1.4%減だったが、7月の水準を4─6月平均と比較すると1.1%減少している。8月と9月の消費が7月と横ばいになるなら、7─9月期の個人消費は前期比1.1%減少となり、国内総生産(GDP)を押し下げる要因になる。

新型コロナウイルスの感染者数が8月に急拡大し、直近での物価上昇を勘案すると、7─9月の個人消費が前期比プラスになる可能性はかなり低いだろう。外需は中国経済の変調などで大幅な伸びが期待できず、このままでは内外需ともに停滞する公算が大きくなっている。

国内の物価は年末にかけて上昇幅を拡大させる可能性が高く、消費の実質値はマイナス推移が続く可能性もある。

円安から物価高、さらに消費への悪影響というプロセスは、実質成長率がゼロ%台前半に落ち込んだ日本経済にとって、かなりの負担になるだろう。

<円安止める手段はあるのか>

さらに問題なのは、欧米の短期筋などから「日本の当局は介入できない」と見られていることだ。超金融緩和政策の維持を掲げる日銀は、緩和政策の出口に向かうのではないか、と市場が「勘ぐる」ような対応をいっさい封じ込めている。

また、インフレ退治を最優先に掲げる米当局は、仮に日本からドル売り・円買い介入の要請があっても受け入れることはないだろうとみらている。

日本が単独で介入しても、超緩和策を実施中に逆方向の介入をしても効果がない、と見切っている市場参加者も少なくない。

このような状況の下で、短期間かつリスクを抑制して収益を得るには、ドル買い・円売りが最も効率的だとの見方が広がりつつあるようだ。

<英独と比べて貧弱な日本の対策>

円安を起点にした物価高と消費減退のスパイラルは、容易に止めることができない現象として、いよいよ多くの国民の前にその姿を登場させようとしている。

起点になる円安が止まるとすれば、米連邦準備理事会(FRB)の連続利上げが停止される時だろう。少なくとも年内は円安圧力がかかり続けるのではないか。

やっかいなこの局面を政府・日銀はどのように切り抜けようとするのか。国内メディアの報道では、政府が9000億円を支出して住民税の非課税世帯に対して5万円を給付する案が検討されているという。

だが、物価高に苦しむ国民への支援策としてドイツが650億ユーロ(約9兆円)、英国が1300億ポンド(約21兆円)のパッケージを掲げているのに比べて、規模や効果でかなり見劣りがする。岸田文雄首相が日本経済の現状に対し、どの程度の危機感を有しているのか、物価高対策の中身を見れば判明するだろう。