焦点:バビロン遺跡を守れ、気候変動対策で注目される古代の知恵

Reuters

発行済 2022年11月06日 09:05

[バビロン遺跡(イラク) 28日 トムソン・ロイター財団] - シュメールの地母神を祭るニンマク神殿では、イラクの考古学者たちが7000年も前にさかのぼる技術を駆使している。同神殿をはじめ、復元された古代都市バビロンの遺跡に塩分が浸透し、内部から破壊されるのを防ぐためだ。

ユネスコ世界遺産に指定されたバビロン遺跡の修復には、塩分を除去して慎重に作られた日干しれんがを用いる。遺跡を侵食しているのは塩分濃度が上昇しつつある地下水の浸透であり、これは気候変動に対して脆弱(ぜいじゃく)なイラクで生じている長期の干ばつや土壌侵食に伴う問題だ。

イラク国家考古遺産委員会に名を連ねる考古学者のアマル・アルタイー氏は「塩分を含む地下水が最大の敵だ」と語る。バビロン遺跡保護プロジェクトの責任者で、「バビロンの守護者」を自称する。

ユーフラテス川に面した古代メソポタミアの都市であるバビロンは、かつては広大な帝国の中枢であり、連なる塔や日干しれんが造りの寺院で有名だった。約2600年前に造られた空中庭園は、古代世界の七不思議の1つとされている。

塩分の浸透や異常高温、洪水、土壌侵食など、部分的にせよ気候変動と関連している問題は、イラクだけでなく、オーストラリア先住民の岩石壁画から15世紀バングラデシュの「モスク都市」に至るまで、世界中で貴重な文化遺産を脅かしている。

アルタイー氏率いるチームは、父親から先祖伝来の手法を引き継いだという現地の職人から、特殊な低塩分の日干しれんがを製造する何カ月もかかる手のかかる技術を学び、今年、初めて修復に用いるれんがを完成させた。

まず、塩分濃度が十分に低い土壌を見つけるため、専門家が1週間以上も探し回る。だがアルタイー氏によれば、それでも塩分濃度をさらに下げるために土壌を「洗う」必要があるという。

次に、その泥を砂、砂利、わら、水と混ぜ、大きな円形に整え、1カ月間放置して発酵させる。このプロセスで、残留する塩分が外縁部へと押し出され、縁飾りのように白い結晶が形成される。

不必要な塩の塊を削り取った後、残った泥をれんがの形に整える。地元の女性たちによる共同作業で織り上げられたアシのマットに並べると、れんがに特徴的な跡がつく。

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新たな日干しれんがに含まれる塩分の量は、このプロセス全体で約4分の3まで低下する、とアルタイー氏は説明する。

数日間木陰に積んで空気にさらした後、1カ月にわたって日光に当てて乾燥させ、ようやく使用できるようになる。

<遺跡を守る準備>

アルタイー氏が「最大の敵」と語る塩分は、至るところで顔を出している。

バビロン遺跡の一部における現代の補修作業では、コンクリートとセメントを使って、損傷を受けたファサードを修復し、亀裂を埋めてきた。だがアルタイー氏によれば、このやり方では塩分含有率が上昇し、この地域の湿度の高さと相まって、逆にダメージが深刻化してしまうという。

アルタイー氏が参加しているもう1つのプロジェクトが、遺跡周辺のコンクリートを撤去し、もっと浸透性の高い多孔質の素材、たとえば川砂などに入れ替えるという取り組みである。これも数千年にわたりこの地域の住民が使ってきた建設手法だ。

「湿気はセメントやコンクリートを嫌う。そこからは外に出ていけないから、もっと弱い場所に向かうようになる。当然ながら、日干しれんがの方が弱いから、湿気はそこから外に出ていくようになる」とアルタイー氏は言う。

それによって、日干しれんがだけでなく、かつてイシュタル門に並ぶ壁を飾っていた数多くの彫刻の侵食も進んでいった。イシュタル門は、バビロンの大通りにそびえる巨大な建造物だ。

バビロンの主神であるマルドゥクをたたえる碑文は今もイシュタル門に連なる壁を飾り、この神の姿として、頭はヘビ、前脚はライオン、尾はサソリというスフィンクスのような合成獣が描かれている。

だが、その下に描かれた雷と雨の神アダドの姿は、ほとんどそれと分からない。長い年月と気候変動により失われてしまった。

本来は雄牛の姿が彫り込まれていたが、今も見えるのはひづめの部分だけだ。壁の下部には、塩分を含む白い汚れが確認できる。

問題の深刻さにもかかわらず、イラク政府からは何の支援も受けていない、とアルタイー氏は語る。現在彼が取り組んでいるプロジェクトは、完全に外国からの資金に依存している。

「政府からの支援・投資がないことが私たちにとって最大の課題だ」とアルタイー氏は言い、基本的な資材のコストが高いことを指摘する。干ばつが頻発しているイラクでは、清浄な水でさえより高価になっている。

イラク政府にコメントを求めたが、今のところ回答は得られていない。

塩分を除去するだけでなく、バビロン遺跡の保全に取り組む考古学者たちは、遺跡を損なう有害生物とも戦わなければならない。古代バビロンを囲んでいたヤシの木などの植生が、近年の乾燥した条件で枯れつつあるからだ。

これまでは緑の草木を食べていたダニやハチ類が、日干しれんがの壁や基礎を食べ始めたのである。遺跡に悪影響を及ぼす恐れがあることから、化学殺虫剤を使うわけにはいかない。アルタイー氏としては、煙で有害生物をいぶし出すしか方法はなかった。

イラク国内の他の古代遺跡の多くでも、干ばつの深刻化による影響が表れている。

古代シュメール人の都市ギルスの遺跡では、世界最古として知られる橋の基礎部分が、塩分を含む砂嵐による侵食を受けている。南に位置する都市バスラで海水が土地に浸透して肥沃な土壌が破壊されており、砂漠のような条件が広がっているからだ。

4000年の歴史を持つ橋の保全プロジェクトに取り組むメンバーの1人、イラクのアル・カーディシーヤ大学のジャアファール・ジョセリ教授(地質考古学)は、「砂嵐が兵器として使われているようなものだ。(塩の)結晶が橋を破壊していく」と語る。

文字が最初に使われたとされる都市ウルクの遺跡でも、やはり塩が損害を与えている。

「どこに行っても亀裂が目に入る」と同教授は言う。