アングル:陸上界を「厚底」が席巻、揺らぐ世界記録の連続性

Reuters

発行済 2021年07月31日 14:19

[東京 28日 ロイター] - 東京五輪の陸上競技場では今後2週間で、五輪記録やひょっとすると世界記録が次々と生まれるだろう。ただ、板バネの役割を果たすカーボン製プレートを埋め込んだ厚底シューズの技術が競技に大きく影響しており、本当は何が偉大なのか、誰にも分からなくなっている。

かつて陸上競技の世界記録更新は、コンマ数秒単位だった。更新された記録が長年維持されるのは珍しくなく、次の世代が数百分の1秒単位で縮小し賞賛を浴びた。

しかし、厚底シューズや厚底スパイクの登場以来、陸上界では歴代の偉人たちが打ち立てた、長年破られることのなかった記録が次々と塗り替えられ、長期にわたる比較は、不可能ではないにせよ、困難になっている。

ナイキの厚底シューズ「アルファフライ」の威力を世に知らしめたのが、このシューズを履いたマラソンランナーによる相次ぐ世界記録更新だった。

2019年10月の男子マラソンは、アルファフライを履いたエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)が非公式ながら前人未踏の「2時間の壁」を突破。さらに女子マラソンでも、ブリジッド・コスゲイ選手(ケニア)がポーラ・ラドクリフ選手の作った世界記録を16年ぶりに更新した。

男子マラソンは、歴代最速記録20のうち17の更新が過去5年間に集中しており、この数字は女子マラソンも同じだ。

ハーフマラソンはこれまで誰も58分を切ることができなかったが、昨年12月にいきなり4人の選手がこの壁を破った。キビウォット・カンディ選手はアディダスの厚底シューズ「アディオスプロ」を履き、驚異的な記録で優勝した。

厚底シューズの技術は陸上競技用スパイクにも導入されており、ジョシュア・チェプテゲイ選手(ウガンダ)はケネニサ・ベケレ選手が2000年代の初めに作った5000メートルと1万メートルの世界記録を更新した。

今年6月には、女子1万メートルでシファン・ハッサン選手(オランダ)が世界記録を10秒短縮したが、そのわずか2日後にはレテセンベト・ギデイ選手(エチオピア)が、ハッサン選手の記録をさらに5秒縮めた。

厚底技術の効果は、長距離種目だけにとどまらない。男子800メートルではエリオット・ジャイルズ選手が今年、セバスチャン・コー選手の室内記録を破り、歴代2位となった。

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このレースで通常のスパイクを履いてコー選手の記録を破ったジェイミー・ウェブ選手は、初めて厚底技術を試したときに「呆然とした」──。

ウェブ選手は、タイムズ紙のインタビューで「このシューズを履いて走ると推進力を得たようになる。走りの効率が高まり、最後まで持つ」と話した。

「このシューズを使うのをやめたのは、以前のトレーニングとの比較がしづらかったから。でも、レースでは使うつもりだ。使わないと自分が不利になるから」という。

<学生陸上にも普及>

厚底技術の陸上競技への影響は、世界トップレベルに限らない。2013年から19年までの6年間に全米大学選手権の1万メートルで29分を切った選手は計5人だった。それが今年のレースでは上位10人が29分を切り、全員が大会記録を更新した。

世界陸連は20年末にようやく、厚底のシューズやスパイクについて、底の厚さやプレートの数に制限を設ける新ルールを決定。さらなる規制見直しに向けて、生体力学の専門家や業界関係者との話し合いを続けている。

しかし、シューズメーカー、とりわけナイキがスポーツ向けの資金の大部分を担っていることから、世界陸連は「技術革新を阻害しない」妥協案を模索するとしており、「時すでに遅し」の感がある。

12年のロンドン五輪で男子800メートルの世界記録を樹立したデービッド・ルディーシャ選手(ケニア)の代理人、ジェームズ・テンプルトン氏は「陸上競技が800メートルの世界記録など過去の偉大な競技との関連性を失ってしまうのではないかと、非常に懸念している」と話した。