第三の相殺戦略と経済安全保障−先端技術育成に向けて−【実業之日本フォーラム】

Fisco

発行済 2022年01月21日 10:40

アメリカ国防省は、2016年「第三の相殺(オフセット)戦略(Third Offset Strategy)」を公表した。
その内容は、中国及びロシアの著しい軍事力拡大に対し、米国の軍事的優位を確保するために、軍事技術の革新、新たな作戦構想、兵器調達、後方支援にわたる全省的改革を目指すものであった。
第一の相殺戦略は1950年代の戦術核、第二は1970年代の精密誘導兵器がそれぞれの代表的な軍事技術と言えるであろう。
第三の相殺戦略で鍵となる技術として、「無人兵器」、「敵の戦闘管理ネットワークを無力化する兵器」、「レーザー砲」、「レールガン」等が挙げられていた。


アメリカは、第三の相殺戦略で挙げられた技術開発を継続中であり、無人機やレーザー砲等については、その一部について、すでに実現している。
第一及び第二の相殺戦略と大きく異なることは、第一及び二の時代は、アメリカの技術開発が先行し、これを中露が追いかけるという形であったが、現在では競争相手である中国やロシアがアメリカと同等若しくはそれを上回る可能性のある技術をすでに身につけていることである。
最近アメリカの国防省や統合軍の声明や広報資料に「第三の相殺戦略」という言葉を見ることはない。
しかしながら、よく使われている「ゲームチェンジャー」という言葉は、第三のオフセット戦略が目指していた先端軍事技術の優越を目指すことと同じと考えられる。
米軍は先端技術の差が戦いを左右することをより強く意識しつつあると言える。


ネットワーク化が進み、あらゆる情報が瞬時に世界中を駆け回る社会において、全く新しい考えに基づく技術が突然生まれるということは考えづらい。
現在注目されている無人機やレーザー砲についても、その構想は早い段階からあり、問題は実現するための技術的課題等の克服であった。
従って、それがゲームチェンジャーとなるかどうかは、実用化する時期が早いか遅いかによる。
いち早く実用化した国が、覇権を握る。
そのためには十分な投資と研究を支える仕組みが必要不可欠である。


令和4年度防衛予算概算要求の基本的考え方には、「ゲームチェンジャーとなり得る技術等の研究開発や防衛産業基盤を強化する」、とされている。
日本も、遅ればせながら、先端技術への投資に重点を置きつつある。


先端技術開発に関しては、防衛分野に限らず、経済安全保障分野においても重要施策が検討されている。
2022年1月13日、読売新聞は、政府が経済安全保障強化の観点から先端技術育成策を検討していることを明らかにした。
政府内に「重要技術研究開発協議会(仮称)」を設置し、国家安全保障局、内閣府、防衛省、文科省など関係省庁の幹部と、守秘義務を課した研究者による意見交換により技術開発を進めるというものである。
そのための資金として、2021年度補正予算には2,500億円が計上されており、将来は5,000億円規模に拡大することを想定している。
また、2023年度に設置予定の「経済安全保障に関する調査研究機関」が、必要な助言を行うフレームワークとされている。


経済産業省の資料によれば、2018年度の日本の研究開発費総額は1,713億ドル(約19兆7千億円)と世界第3位ではあるが、1位アメリカ(5,816億ドル、約66兆9千億円)、2位中国(5,543億ドル、約63兆7千億円)から大きく引き離されている。
将来的に5,000億円に拡大するとはいえ、競争力を強化するためには一桁上の数字が必要であろう。


政府が検討を進めている「重要技術研究開発協議会(仮称)」の課題は、守秘義務を課した研究者をどのように集めるかにある。
総務省が調査したところによれば、2019年度の日本の研究者の総数は約88万人である。
この数字は過去10年間ほとんど変化していない。
そのうち企業に所属する研究者が50.7%、大学等に所属する研究者が33.5%であり、両者で80%を超える。
企業は、所属する研究者に利益につながる研究を望み、大学は、国際レベルでの学術的評価を上げることを研究者に期待する。
先端科学技術の情報漏洩は国家的な損失というだけではなく、相手を利する。
その観点から研究者に守秘義務を課すことは理解できるが、守秘義務のために企業利益や大学の国際的評価向上に結び付かない場合、企業や大学が研究者の参加を容認しない可能性が高い。


さらに、日本の研究者約88万人の代表とされる日本学術会議は、2017年3月に、「軍事的安全保障研究に関する声明」の中で、「軍事目的のための科学研究を行わない」という1950年の声明を継承する旨を明らかにしている。
さらには声明の中で、2015年度に防衛装備庁が設置した「安全保障技術研究推進制度」は、「内部職員(ママ)による研究の進捗管理等、政府による研究への介入が著しく、問題が多い。
」とまで言い切っている。
デュアルユースが主流である先端技術において、日本学術会議のこのような時代錯誤的感覚は日本の安全保障を脅かしかねない。


経済安全保障の観点から先端技術に関する優位性を確保することは、日本の安全保障に直接寄与する。
新設が予定されている「重要技術研究開発協議会(仮称)」がその設立目的を果たすためには、官民を挙げて優秀な研究者を集めなければならない。
協議会に参加することが研究者のキャリアパスや待遇の悪化を生まないように、守秘義務を課す代償として、官民をあげて身分や生活を保障する仕組みが必要である。
さらには、軍事的安全保障研究にかたくなに反対する日本学術会議に対し、その役割も含め抜本的な見直しが必要であろう。
会議が求める研究の自由は、自由な社会があって初めて成立する。
政府が検討を進めている経済安全保障は、その自由な社会を守るために必須の施策なのである。


サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。
護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。
退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。
2021年から現職。


写真:西村尚己/アフロ


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