焦点:英で進む待遇改善、小売りや接客業で人手不足が深刻

Reuters

発行済 2023年10月10日 13:42

James Davey Kate Holton David Milliken

[ブライトン(英イングランド) 2日 ロイター] - 英国では、欧州連合(EU)離脱と世界的な新型コロナウイルスのパンデミックに伴う深刻な人手不足を背景に、賃金が低い産業で働く労働者の待遇改善がゆっくりと進んでいる。

イングランド南部ブライトンのバーで働くジョシュ・ヒューズ・デイビーズさんは、各シフトで必ず提供される無料の食事が何よりもうれしい。上司のバリー・チャップマン氏は、かつては聞いたことがなかったほど高額に引き上げられた残業手当てをもらえるようになった。

こうした変化が起きるまで、労働組合や労働者の権利擁護団体などは何年もの間、英国では労使の力関係が経営者側に傾き過ぎていて、多くの低賃金労働者は雀の涙ほどの手当てしか受け取れず、ほとんど保護されないまま長時間勤務を強いられていると訴えていた。

このブライトンのバーをはじめ英国内にさまざまな飲食店を展開し、8000人を雇用するラウンジャーズのニック・コリンズ最高経営責任者(CEO)は、労働者の期待値が高まっていると説明。「それはもっともで、ブレグジット(英のEU離脱)とコロナ禍が組み合わさって労働市場は変容を遂げた」と語る。

実際、ロイターが企業幹部、人事担当マネジャー、労組、エコノミスト、労働者などに取材したところ、接客や小売り、物流、警備保安関係の大手企業全てが、働き手に対して勤務時間の柔軟化や病欠時の手当てなど福利厚生面の拡充を提案していることが分かった。

パンデミック以降では、英小売りのテスコやマークス・アンド・スペンサー(M&S)、物流のXPO、警備サービスのG4Sに加え、アマゾン・ドット・コムも柔軟な労働契約を認めている。

求人サイトのインディードによると、接客などの求人案件で有給の病気休暇制度を提示する割合は過去1年半で着実に増加しているという。

テスコの場合、31万人の従業員にオンラインでかかりつけの医者の診療を受けられるサービスも提供している。

英国国家統計局のデータでは昨年、勤務時間に満足していると答えた労働者の割合が07年以降で最も高くなった。

<労働市場の変化>

経営側からすれば、勤務時間の柔軟化や各種手当ての上乗せはコスト増大と事業運営の複雑化をもたらす。だがある英大手企業の元幹部は、働き手確保が難しい中で従業員つなぎ止めのためにはそうするしかないと言い切る。

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英国の労働需給が引き締まり始めたのは2021年で、定年間近だった人々がパンデミックを機に早期退職を決めた上に、欧州各国からやってきていた労働者がブレグジット後に本国へ帰ってしまい、病気で働けなくなった人も急増したためだ。

足元でも100万人弱の求人が埋まっていないこの人手不足は、英国の物価上昇率が高止まりしている大きな要因の1つでもある。

こうした状況を受け、スーパーマーケットや物流、飲食チェーンといった業界は過去1年半で何度も賃上げを迫られ、他社に働き手を奪われないための待遇確保を余儀なくされた。

労働者の賞与を除く定期報酬額は5─7月に前年同期比で7.8%増加し、これは2001年の統計開始以来で最も高い伸びだった。

無料の食事提供や勤務時間の柔軟化、残業手当てと賞与の拡充などに取り組んできたラウンジャーズは、全体的なコストは増大したが、利益も増え続けており、従業員の忠誠心も高まったとしている。

高い賃金と充実した福利厚生の導入が、急成長企業以外に広がってきたのはやはりパンデミック以降という面が見られる。

ラウンジャーズのシェフは「接客業では労働者の待遇をそれほど良くせずにハードワークを強いる傾向があった。いつでも代わりがいたからだ」と話す。しかし、東欧出身者の多くがブレグジットとパンデミックをきっかけに英国を離れ、事態が一変しているという。

<柔軟な勤務と有給病気休暇を重視>

インスティテュート・フォー・エンプロイメント・スタディーズ(IES)のディレクター、トニー・ウィルソン氏は、労働需給が引き締まるとともに、企業は働き方の柔軟性と仕事に対する満足感を提供することで、いったん去った労働力を取り戻そうとしているとの見方を示す。

経済協力開発機構(OECD)によると、英国は今の人手不足に陥る前から平均給与と比較した最低賃金の水準は世界屈指だったが、最低賃金労働者への福利厚生はあまり充実していなかった。

ウィルソン氏は「以前はそれが人々を労働市場から退出させ、現在は市場に復帰させる理由になっている」と指摘する。

インディードが求職者を対象に行った調査では、各種待遇のうちで柔軟な勤務態勢と有給の病気休暇が最も重要視されている。

M&Sは、小売りマネジャーの仕事共有化や週4日への圧縮勤務制度を導入した結果、より多くの女性が店舗管理の勤務に応じるようになったという。

人事部長のサラ・ファインドレーター氏は「パンデミックでわれわれが店舗マネジャーの働き方の柔軟化を重視する動きが加速したのは間違いない」と語る。

G4Sの英国部門責任者フィオナ・ウォルターズ氏も、シフト勤務の時短や細分化で労働管理のコストや複雑性は増大した半面、女性の採用拡大と離職率の低下に役立っていると話す。