アングル:肥満治療薬ブーム、注射器「充てん」巡る競争も激化

Reuters

発行済 2023年10月16日 11:05

Maggie Fick

[ロンドン 9日 ロイター] - デンマークの製薬大手ノボノルディスクの肥満症治療薬「ウゴービ」など、急成長する「減量薬」市場の波に乗ろうと、数十億ドル規模の設備投資競争が起きている。競争を担うのは、こうした薬に使用される皮下注射用ペン型針を充填(じゅうてん)する工程を担う医薬品受託製造業者で、工場の建設や拡充に全力を挙げている。

十数人の企業幹部やアナリスト、投資家らへのインタビューによれば、こうした製薬サービス会社は、「フィル・フィニッシュ」と呼ばれるペン型注射器に薬剤を詰める専門的な製造工程の受注増加を狙い、競い合っているという。

「無菌でのフィル・フィニッシュを行う全ての受託製造業者が、他社よりも一歩先を行くべく生産力を拡大したいと考えている。この工程が、ウゴービだけのものではなくなったからだ」と米金融大手モルガン・スタンレーのヘルスケア関連株アナリスト、テージャス・サヴァント氏は言う。

「イーライリリーのマンジャロや、他の薬もある」

次世代型の肥満治療をけん引するウゴービは、体内の食欲抑制ホルモンに似た働きをすることで作用する仕組みだ。同薬は2021年6月に米国内で販売が開始されて以降、需要が急速に伸び続けている。

米医薬品大手イーライリリーの糖尿病治療薬「マンジャロ」も今年、米国で減量のための薬として承認されることが見込まれている。

週に一度の注射が必要な肥満治療薬や、ファイザーなどが開発する経口薬を含め、「GLPー1受容体作動薬」に分類される薬剤は、10年以内に1000億ドル(約14兆8800億円)規模の市場になる可能性もあるとアナリストは推測している。

薬明生物技術(ウーシー・バイオロジクス)のクリス・チェン最高経営責任者(CEO)はロイターに対し、 同社が2020年に購入したドイツの工場に導入する「プレフィルド・シリンジ(薬剤充填済み注射器)」の製造設備を使用することについて顧客と協議していると説明した。

チェン氏は顧客の関心は「非常に高い」とし、需要に応じるために欧州にある工場の購入を考えていると述べたものの、詳細は明らかにしなかった。

米医薬品受託製造キャタレントで企業戦略・政府業務の副責任者を務めるコーネル・スタモラン氏は、イタリアのアナーニと米インディアナ州ブルーミントンの工場に「重要な」プレフィルド・シリンジ製造棟を設置していると述べた。2024年に稼働を開始する予定だという。

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同社は既にウゴービのフィル・フィニッシュ工程を請け負っている。

医薬品受託製造開発(CDMO)を巡る企業間競争の火ぶたが切られたのは昨年のことだ。以降、富士フイルム傘下のフジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズ(FDB)やスイスの製薬会社ロンザ、独フェッターなどがプロジェクトを発表。全体の事業規模は最低でも30億ドルに上る。

イーライリリーがマンジャロの供給準備を進める一方、ノボノルディスクはウゴービの市場を拡大しているものの需要に対応しきれておらず、競争は加速するばかりだ。

ノボノルディスクと契約を結ぶ米サーモフィッシャーサイエンティフィックのマーク・キャスパーCEOは、先月開催されたモルガン・スタンレーのヘルスケアカンファレンスで、新型コロナワクチン接種用シリンジを充填するために使用していた設備を、肥満症・糖尿病治療向けのペン型注射針充填のために転換すると表明した。

キャスパー氏は、生産力不足が深刻だと発言。サーモの広報担当者はコメントを差し控えた。

ロイターが取材した全企業が、今後見込みのある新規契約・顧客に関する情報を開示することには応じなかった。

<新型コロナから肥満へ>

大手製薬会社は通常、社内での専門知識や生産規模が足りていない場合にCDMOと契約を結ぶ。充填作業は、薬剤の汚染を避けるため無菌状態で行われる。その後、ペン型注射器の組み立て、包装を経て、卸売業者の手で薬局や診療所へと出荷される流れだ。

ノボノルディスクは自社でのウゴービ増産のために巨額をつぎ込んでおり、現在キャタレントとサーモが運営する3カ所に加え、新たな委託製造先の追加を検討している。

ただ、供給不足は来年まで続くことになるだろう。

イーライリリーも自社での生産量を増やしているものの、現在はCDMOを「広範囲に」利用して製造を行っている、と同社の広報担当は説明したが、具体的な社名は明かさなかった。マンジャロは後期臨床試験で、ウゴービよりも高い効果を示している。

米調査会社インサイト・パートナーズは、フィル・フィニッシュ市場が2019年から27年の間に2倍以上の125億ドルに成長すると予測している。製薬業界の専門家はこの市場規模について、錠剤やカプセル剤市場の成長ペースのおよそ2倍だと指摘した。

GLP-1の新規事業は、新型コロナワクチンの製造契約が無くなったことによる損失の埋め合わせ以上になり得る、と複数の幹部が指摘する。

米国のインフレ抑制法(IRA)もまた、一部注射薬を含むバイオ医薬品の開発を後押しする要因の一つだ。注射薬は高齢者介護の現場などで使用されることが増えており、新しいアルツハイマー治療薬やジェネリック(後発)医薬品のリウマチ治療薬などは注射式で製造されている。

だが、主な投資目的はGLPー1だと複数の企業が声をそろえた。

多くの場合、製造能力の拡充が完了するのは早くても来年で、一部は2026年を予定しているものもあるため、供給制約は継続される可能性が高い。あるヘルスケア株の投資家は、生産力を拡充するCDMOの能力が肥満治療薬市場の成長スピードを左右することになるだろうと分析している。

一方、キャタレントとサーモは既に生産力を持っていることから、市場をけん引する「有利な立場」に立っている、と英銀行大手バークレイズのアナリスト、ルーク・セルゴット氏は言う。